アウトプットの仕方

こうやってブログを書くこともアウトプットで。


で、こうやってブログにしちゃうと、そのことについてのことは、こうやってここで全部「ブログ」という形に落とし込まれて表現されて伝わってしまう。


「ブログ」はとても簡単な表現方法。一人でできるし、時間問わないし、発表も簡単だし(人の目に触れるかどうかはわからんけど)。


たくさん言いたいことがある。難しいこと、おもしろいこと、バカみたいなこと、真面目なこと…。1つの面からでもぽんぽん出てくるし、多面的なのでさらに多い数。

でも、それを全てブログにしてしまってはもったいないよなあ、と思う。


ブログという表現では、伝わりきらないと思ったものは違う表現にしたい。演劇だったり、コントだったり、漫才だったり、小説たったり、映画だったり。

でも、てっとり早くてブログに書いたりTwitterに書いたりしちゃう。

描ききれてないことを違う表現にするので、二番煎じみたいにはならないとは思うけど、「でもこれブログでも言ったしなあ」になったら、なんとなくもったいない気がする。


だいたい、全てを文字にするのは、とても明確なようで、全てを伝えるのはとても難しい。メールやラインで意味合いがうまく伝わらずケンカになったりすることは多いだろう。


だからわたしは違う表現にする。演劇にしたいし、コントにしたい。でも、それらには時間だったりのコストがかかる。だからわたしはその前にてっとり早い表現を選んでしまうのではないか。そうしたら、ほんとはできるはずだったものは、消えてしまう。

自分がいちばんしたい表現方法で、いちばんおもしろく伝えたい。

これは、例えば最初に「演劇」を選んでも、起こりうるよなあと思う。


同じテーマで、こういう脚本・演出で作ったけど、同じテーマで違う脚本・演出で作り直したら、それは二番煎じだろうか。お前いつまで同じこと言ってんだ、だろうか。でも同じテーマで違う方法で同じこと言いたいときもあるだろうに。それが他人だったらよくあることなのに、同じ人間から産まれてはいけない、というのはおかしくないのかなあ。別にいいけど、ずっと同じとこで立ち止まってる進歩のない人みたい?そう思われては心外だから、前に進むようにテーマを考えてるんじゃないのかなあ?


同じテーマであったら、再演ということにしてもいいのかなあ。


コント作りたいなあ。と、思ってるってだけのことである。


自分が思ってること、たくさん表現できるような気がするけど、簡単に雑に発表しちゃうのは、もったいないよってこと。